■UK 英国の謎
《世界の国旗》の研究から,おかねにも手を出して調べてゆけばゆくほど,英国のおもしろさがわかってきます。そこで英国関係の研究を一カ所にまとめて新しいページを作り,そこで発展させてゆくことにします。
更新状況 |
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2001.10.20 | 2001年度1ポンド貨は予想通り。「英国ポンド貨の変遷」。 |
2001.2.5 | 英国との併合までの「アイルランドと英国との歴史的関係」を年図で整理。 PDF形式で公開。 |
2001.2.3 | 英国高等法院の判決が適用される範囲。「最新情報」で。 |
2001.2.2 | 文献を追加。『物語アイルランドの歴史』 「アイルランドと英国との歴史的関係」を年図で整理。1210年まで。 |
2001.2.1 | 反応を掲載。 |
2001.1.17 | 反応を掲載。 |
2001.1.8 |
〈英国の謎〉2001.1.8版 完成 公開 |
2000.10.27 | 北アイルランドの現状を追記 |
2000.10.26 | レポートに関連して,「英国の紙幣」 |
2000.10.25 | レポートに関連して,「英国ポンド貨の変遷」。 |
2000.10.24 | レポート(第3部のみ)完成。 |
2000.10.13 | 文献追加。「GDP」と「EU」を追記。。【世界の国旗】より関連項目を転載。「ユニオンジャックでの聖パトリック十字の謎」「アイリッシュ・ハープ」 |
2000.10.7 | 「国章」 |
2000.10.5 | 文献追加。文献により,「地域議会」「英国国教会」の記述を一部訂正と追加。 「学校教育」「憲法」「選挙」 |
2000.10.4 | 「地域別人口・面積の量率グラフ」「公休日」「スポーツ・チーム」 |
2000.10.3 | 「人口」「国立公園」「英国国教会」 |
2000.10.2 | 「地域議会」 4つの地域の自治問題 |
2000.9.30 |
「硬貨に見る連合王国」で抜けていた「ウェールズのドラゴン」の貨幣を追加。文献追加。2000年度の1ポンド貨の図柄判明。 |
2000.9.29 |
開設。「連合王国を構成する国」「硬貨に見る連合王国」 |
以下の研究内容のうち未発表のものを「英国の謎第3部」としてまとめました。PDFファイルで授業プランのようにたのしめます。
2001北海道仮説実験授業入門講座で発表予定。
「英国の謎 第3部」 uk.PDF 2001.1.8 改訂版 約325KB
上のファイル名をクリックするとダウンロードします。PDFファイルについてはこちらで。
上記のレポート用の資料です。一緒にどうぞ。
「英国ポンド貨の変遷」 UKpound.PDF 273KB
「英国の貨幣」 UKnotes.PDF 300KB
先日の入門講座ではたくさんの資料頂きありがとうございました。特に面白かったのは、『英国のなぞ』です。 ちょうど『リヴィエラを撃て』(高村薫 著,新潮社)をよんでいたので、丸山さんのレポートと平行して読んでいくと 、よけいにおもしろかったです。この本には北アイルランドのIRAの事が詳しく書かれていたんですが、興味深く読むことができました。ただ、不思議に思ったのは、北アイルランドも民族問題は経済問題だと思っていたので、地域ごとの経済格差が思ったほど大きくなかったことです。 この本の中でもアイルランド人の本音として「週百ポンドくれるプロテスタントの雇い主と、週80ポンドのカトリックの雇い主がいたら、間違いなくみんなプロテスタントの職場を選ぶ。問題はどちらの職場もなかつたことだ。プロテスタントの事業主はカトリックの従業員は決して雇わわず、一方、カトリックの労働者を雇えるカトリックの事業主などいなかったのだから・・・」 とういような文章がでてきます。時代が違うのか、小説が誇張されているのかはわかりませんが... では、また、サークルなどで、面白いお話聞かせて下さい。楽しみにしています。 西島勉さん(2001.1.15) |
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「イギリスの謎」は,う〜ん。イギリスって何? という感じです。というより,国ってなんだろう?と考えてしまいました。ここまで書いて,書庫から板倉さんの『世界の国々』を持ってきてざっと読み直してみました。まだ,しっくりこないのは,ぼくの「国」のイメージが不十分だからでしょうね。(林秀明さん 2001.1.31) |
林さん,反応をありがとうございます。大英帝国といわれたように,「英国はひとつのまとまった大きな国」と思っていたら,全然違っていたので驚いたのでした。林さんの言うように「国ってなに」と考えてしまいます。この英国の問題は,「欧州連合が実現することで解決するのではないか」というのがボクの予想なのですが。(丸山 秀一2001.2.1) |
本 | 板倉聖宣 「英国という王国の成立の歴史」 『たのしい授業』No.136 仮説社,『たのしい授業プラン 歴史』にも収録。 | 英国のことがよくまとめられています。しかも,「えー」と思うような,おもしろい内容もたくさん。それらを検証していきます。 |
出口保夫ほか『イギリスの生活と文化事典』 研究社出版 1982 | 上記の記事にも出てくる文献。ただし,このほんの「はしがき」を読むと分かるのだが,この本は「イギリス文学を理解するため」の本であり,しかも「英国が独自性を持つ4つの地域からなる」ということへの配慮が全く足りない。この本で「イギリスでは」として述べられていることのほとんどが正確には「イングランドでは」と読み替える必要がある。 | |
『目で見る世界の国々』シリーズ 国土社 1997 各2524円 | 「イギリス」ではなく『イングランド』『スコットランド』『北アイルランド』『ウェールズ』の分冊になっているところがおもしろい。内容も歴史や現状について詳しく,豊富な図版とともに参考になった。 | |
波多野裕造 『物語アイルランドの歴史』 中公新書1215 中央公論社 1994.11 | ボクが読んだ中でアイルランドの歴史が理解できる唯一の本。著者は元アイルランド大使。「北アイルランド問題」についても,わかりやすく書かれている。 | |
サイト | 英国造幣局 http://www.royalmint.com/ | 現行貨幣の説明がほとんどなく参考にならない。しかし貨幣に記されている文字の解説があり,それは役に立つ。2000年度の1ポンド貨はここに載っていた。 タイトルの英国旗のデザインで聖パトリック十字が一番上に来ているのが気にかかる。造幣局はウェールズにある。 |
「UK NOW」 英国の公式情報サイト http://www.uknow.or.jp/uk_now/ | 日本語のサイト。「英国という国」のQ&Aがおもしろい。英国政府関係機関のリンクページもあり,役に立ちそう。 | |
ここに載せていない文献は,【世界のおかね】や【世界の国旗】,「イスラム教」のページで紹介されているものです。文献名から,それぞれのページへ行けるようにしておきます。
[質問] 連合王国=英国は,どんな国から構成されているのでしょうか。
連合王国の正式名称は「大ブリテンおよび北アイルランド連合王国」といいます。単純に考えれば「大ブリテン」と「北アイルランド」の連合王国と思えます。大ブリテン連合王国は,1707年にイングランド王国とスコットランド王国が一緒になってできたものです。だから今の連合王国は,「国旗を構成する3つの十字の王国,イングランド,スコットランド,アイルランドの各王国から成る」とボクは思っていましたら,「英国という王国の成立の歴史」によると「正式にはウェールズも含めた4つの連合体」なのだそうです。
そこで調べてみると「スーパー・ニッポニカ」でも,ウェールズは「イギリスを構成する連合王国のひとつ」となっていました。ウェールズは,1282年にイングランド王国に占領され,1535年に併合されました。「ウェールズは王国ではなく公国扱い」とのことですが,連合王国は今もこの国旗には加わっていないウェールズのことを配慮しているわけです。
[質問] 英国の貨幣にも連合王国を形成する4つの地域に対する配慮が見られるでしょうか。
【世界のおかね】で見ましたように,英国は8つの銀行がそれぞれ紙幣の発行権を有していて,「全英で強制通用力を持つ紙幣」「スコットランド中心に使われる紙幣」「北アイルランド中心に使われる紙幣」が流通しています。ウェールズには,紙幣を発行する銀行はありませんので,紙幣についてはウェールズは除かれていますが,硬貨はどうでしょうか。「英国という王国の成立の歴史」によりますと,「英国の1ポンド貨のデザインには4種類のものがあって,4つの地域を代表させるという気の使い方をしています」ということが書いてあります。そこで早速『World Coins』で調べてみました。下表のコインは,その本からのものです。
すると1ポンド貨は4種類ではなく5種類あるのです。しかも毎年違う図柄を発行する気の使いようです。
英国はそのひとつは連合王国の国章です。そしてスコットランドの国花であるアザミの花,ウェールズの国章であるニラネギ,アイルランド・亜麻(亜麻とアイルランドの関係はまだ不明),そしてオークの木(イングランドを表すのか?)という順番です。それが,現在の貨幣になった1983年から1992年まで,毎年繰り返されました。
1993年からは,連合王国国章,スコットランド紋章のライオン,ウェールズ紋章のドラゴン,北アイルランドのケルト十字,イングランド紋章の3匹のライオン,連合王国国章,スコットランド紋章ときています。この順序で考えれば,1987年と1992年の「オークの木」は,イングランドを表しているものと予想できます。
このように硬貨の中で1ポンド貨だけが,連合王国とそれを形成する4つの地域の象徴を毎年繰り返し取り入れているわけです。
英国1ポンド貨の意匠 実際のコインは全部同じ大きさ。2000年度のもの以外はモノクロ。 |
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発行年 |
表と裏 |
裏の意匠 |
1983 |
連合王国の国章 | |
1984 |
スコットランド国花のアザミ | |
1985 |
ウェールズ国章のニラネギ | |
1986 |
北アイルランドの花盛りの亜麻 | |
1987 |
オークの木(イングランドを象徴か?) | |
1988 |
連合王国の女王の盾紋 | |
1989 |
スコットランド国花のアザミ | |
1990 |
ウェールズ国章のニラネギ | |
1991 |
北アイルランドの花盛りの亜麻 | |
1992 |
オークの木(イングランドを象徴か?) | |
1993 |
連合王国の国章 | |
1994 |
スコットランド紋章のライオン | |
1995 |
ウェールズ紋章のドラゴン | |
1996 |
北アイルランドのケルト十字 | |
1997 |
イングランド紋章のライオン | |
1998 |
連合王国の国章 | |
1999 |
スコットランド紋章のライオン | |
2000 |
英国造幣局のサイトより | 予想としては,ウェールズのドラゴン。予想は当たりで,英国造幣局のサイトによると,1ポンド貨では,この貨幣より日本の500円硬貨のように周囲に文字が刻まれている。 「PLEIDIOL WYF I'M GWLAD ( 'True am I to my country')」 |
2001 |
英国造幣局のサイトより | 予想は,北アイルランドのケルト十字。予想通り。周囲に刻まれている文字は, 「 DECUS ET TUTAMEN (An ornament and a safeguard)」 |
[質問]英国の4つの地域には独自の議会や政府が設けられているのでしょうか。
「英国という王国の成立の歴史」には,出口保夫ほか『イギリスの生活と文化事典』(1982)からの情報として,
英国は米国のような連邦国家ではなく,4つの地域には独自の議会や政府が設けられてはいません。最近,各地での独立運動を沈静化するために,「英国議会とは別の地域議会を認めよう」とする動きがあったようですが,否決されたということです。
とありますが,これは現在の状況とは異なります。「スーパー・ニッポニカ」と「UK NOW」より調べました。
・ウェールズ
ウェールズでは,1997年の住民投票により,ウェールズ議会の復活が決定し,1999年にはその議会選挙が行われました。この議会はウェールズの関心問題を討議し,現在のウェールズ省の予算に責任をもちますが,法制度についてはイングランドと同じ制度を維持します。
・北アイルランド
北アイルランドには議会どころか首相までいました。1920年に英国がアイルランド統治法を発布,アイルランドを南北に分割し,それぞれに自治を認めて自治議会を開設させたのが始まりです。それゆえ北アイルランドは1921年に自治国家として成立したのです。
1972年の「血の日曜日事件」で英国は北アイルランドの直接統治に乗り出しましたが,その反発も大きく,1973年の協定でふたたび行政権が戻され,新行政府が英国政府の強力な指導のもと1974年に発足しました。しかしプロテスタント系住民はゼネストなどで猛反発し,新体制は崩壊しました。その後「北アイルランド法」が制定され,暫定的な直接統治の中で,北アイルランド制憲会議を設けて自治体制の検討を現地住民の自主性にゆだねたのですが,カトリックとプロテスタント両派の確執により会議は1976年に解散してしまいました。
その後2000年になってようやく和解が成立し,5月に自治政府が機能し始めましたが,英国軍駐留の撤退,アルスター警察(北アイルランドの警察隊でほとんどがプロテスタント)の改革問題やIRAの武装解除問題がうまく解決せず,プロテスタント最大政党のアルスター統一党が自治政府から脱退する動きがあります。もし脱退してしまうと,自治政府が機能しなくなり,また和平から遠のくわけです。しかしカトリック側は,英軍の撤退とプロテスタントよりのアルスター警察の改革を要求,プロテスタント側はIRAの武装解除を要求し,論議は平行線。名称変更だけでも,プロテスタント側は,アルスター警察の正式名称についている「ロイヤル」の存続にこだわるのに対して,カトリック側は断固として拒否している。
・スコットランド
イングランドとの1707年の連合により議会は消滅しましたが,1997年の住民投票により議会の復活が決定,1999年にはその議会選挙が行われました。この議会は,現在スコットランド省の大臣によって行使されているのと同じ権限をもち,法律を制定し,所得税の基本税率を最大3%だけ上下させることができるようになります。
人口データは「UK NOW」のサイトから
[質問]1996年の英国の人口は約6000万人で世界第18位です。そのうちイングランドの人口はどれぐらいでしょうか。
予想
ア 4000万人以上(2/3以上)
イ 3000万人ぐらい(半分)
ウ 2000万人以下(1/3以下)
イングランドの人口は約5000万人で全人口の8割以上です。あとはスコットランドが約500万人,ウェールズが約300万人,北アイルランドが200万人です。人口上は,イングランド以外の地域はイングランドに全くかなわないのです。国旗でイングランドの聖ジョージ十字が一番上にくるのも当然ですが,こんなに人口が違っていても,各地域の独自性を認めていることに驚かされます。
・地域別人口と面積の量率グラフ
イングランドの人口が多いといっても,「イングランドの面積が一番多い」というだけのことかも知れません。そこで「スーパー・ニッポニカ」より,各地域の面積を調べて量率グラフを作ってみました。なるべく実際の地形に近くなるように配置しましたが,いかがでしょうか。
このグラフではそれぞれの長方形の横が人口比を,縦が面積比を表しています。また長方形が縦長になるほど「人口密度が低い」ということになります。このグラフを見ると,イングランドは人口,面積とも多いだけでなく,人口密度もずっと大きいことがわかります。「英国とはその大部分がイングランドである」という感じです。
『目で見る世界の国々』には1995年のGDP(国内総生産)の地域別データがありました。それは地域ごとのGDPを人口で割ったもので,地域ごとの生活水準を知る手がかりになります。
[質問]
英国の4地域の国民一人あたりのGDPは,イングランドが一番高く約1,4000ドルです。では他の地域はイングランドと比較してどれぐらいでしょうか。
予想
ア だいたいイングランドとほとんど同じ(違っても2割)
イ スコットランドだけはほぼ同じであとはかなり(7割以下)低い
ウ ウェールズだけはほぼ同じであとはかなり(7割以下)低い
エ 北アイルランドだけがかなり低い(7割以下)
オ そのほか
国民一人あたりのGDP(ドル)1995 | |
イングランド |
1,3985 |
スコットランド |
1,3527 |
ウェールズ |
1,1845 |
北アイルランド |
1,1280 |
全英 |
1,3792 |
英国人口の8割がイングランドに集中しています。そんなことを考えて,イングランド以外の地域の国民一人あたりのGDPは,イングランドとかなり異なっているのだろうなぁと思っていましたら,そんなことはないようです。おそらく英国政府は,こんなことにも気を付けてやっているのでしょう。
全英のGDPの数値が4っの地域の平均になっていないのがおもしろい。
北アイルランドが最低なのは,政治紛争や暴動などにより治安が悪化して,経済状態が良くなっていないため。
[質問] 英国には10の国立公園があり,そのうちの7つがイングランドにあります。あとの3つは同じ地域にありますが,それはどこでしょうか。
予想
ア ウェールズ
イ スコットランド
ウ 北アイルランド
残りの3つの国立公園はウェールズにあります。スコットランドには,4つの地方公園がありますが,国立公園はありません。北アイルランドには,国立公園も地方公園もありません。
英国では信教の自由が保障されています。しかし国家の正式教会として正式に認められているイングランド国教会(The Church of England)があります。
[質問]英国国教会の信者は全人口(6000万人)のうちどれぐらいでしょうか。
予想
ア 4000万人以上
イ 3000万人ぐらい
ウ 2000万人以下
国教会というぐらいですから,国民のほとんどが信者のような気もしますが,信教の自由のためか,170万人しかいません(「UK
NOW」による)。これは全人口の3パーセント以下です。しかしこのことについて『民族の世界地図』には,以下のようにあります。
イギリスでは,選挙にあたっては信仰する宗教を申告することになっているのだが,それによると1985年,キリスト教徒全体は約700万人,そのうち国教会に属するのは約200万人だから,国教とは名ばかりのように思えてしまう。しかし国教会で洗礼を受けた数は,約2500万人となる。洗礼を受けていながら国教会ではない数,実はこの人たちがイギリス国民のごく一般的な,キリスト教徒のあり方ということができる。
表向き,イギリスは信教の自由を認めているといいながら,国そのものが『聖書』にもとづいて建国されたとの考え方が大前提としてあり,自由の範囲は,実際にはカトリックやプロテスタントというレベルであり,他の宗教,とくに外国からの移民によるイスラム教などの拡大には神経をとがらせている。就職はもちろん,学校でも差別される。(75-76ぺ)
英国人と国教会との関係は,日本人が生前は仏教徒でなくても死ぬときは仏教徒になるようなものなのでしょう。
国教会の牧師の給与は国が支払います。
[質問]英国国教会は英国の4つの地域に広がっているのでしょうか。それともイングランドだけなのでしょうか。
予想
ア イングランドだけ
イ イングランドとウェールズだけ
ウ 北アイルランドを除く全英
エ 全英
ウェールズでは1920年に英国国教会制度が廃止されて公認教会はありません。またスコットランドでは,長老派というスコットランドの国教会があります。北アイルランドにはアイルランド聖公会という英国国教会の支部がありますが,アイルランドはもともとイングランドの宗教の押しつけに頑強に抵抗してきたカトリック信者が多いところです。このように英国国教会というのは原文の英語の通りThe
Church of England=イングランド国教会と訳し直した方が良さそうです。
英国にも日本の「祝日」のような制度があります。法によって銀行が休みになる日は「バンク・ホリデー」と呼ばれています。
[質問]英国の4つの地域の公休日は,それぞれ違っていますが,イングランドと全く同じ地域がひとつだけあります。それはどこでしょうか。
予想
ア ウェールズ
イ スコットランド
ウ 北アイルランド
英国の公休日 |
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イングランド | ウェールズ | スコットランド | 北アイルランド | |
元日 |
○ |
○ |
○ |
○ |
1月2日 |
○ |
|||
グッド・フライデー |
△ |
△ |
○ |
△ |
聖パトリックの日 |
○ |
|||
イースター・マンデー |
○ |
○ |
○ |
○ |
メーデー |
○ |
○ |
○ |
○ |
春のバンク・ホリデー |
○ |
○ |
○ |
○ |
ボインの戦闘の記念日 |
□ |
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晩夏のバンク・ホリデー |
○ |
○ |
○ |
○ |
クリスマス・デー |
△ |
△ |
○ |
△ |
ボクシング・デー |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ バンク・ホリデー
△ コモンローによる公休日
□ その他の公休日
[質問]英国はサッカーの発祥の地で,サッカーがとても盛んです。英国の4つの地域ごとに国際サッカー連盟に加入する協会があります。それでは英国はオリンピックのサッカーには,どんな形で参加しているでしょうか。
予想
ア ひとつのナショナル・チームを作って参加している
イ それぞれの地域が別々に参加している
ウ イングランドチームとスコットランドチームが参加している。
エ オリンピックには参加していない
英国は1972年以来オリンピックには参加していません。英国にあるオリンピック委員会はひとつだけですので,英国代表チームの参加しか認められないのに,4地域のチームはそれぞれがナショナル・チームとして出場したがっているからです。同様にホッケーでもスコットランド,イングランド,ウェールズのチームがあり,別々に国際大会に出場しています。ラグビーでは,統一チームを作っていますが,それには英国の4つの地域だけでなくアイルランド共和国も入っています。
[質問] 英国はEUに加盟していますが,どんな形態で加入しているのでしょうか。
予想
ア 英国政府代表が参加
イ 地域ごとの代表のみ参加
ウ 英国政府と4地域の代表が参加
EUの英国代表は,英国政府代表と,4っの地域のそれぞれの代表5名から構成されています。英国の4っの地域は,「地域議会」でも見たように独立の方向へ向かっているように感じられます。また北アイルランド問題は,なかなか解決の糸口も見えません。そんなわけで英国が真にひとつの国になることはないのかも知れません。しかし,EUならばそれが実現可能です。英国という国の枠を越えて,ヨーロッパがひとつになる可能性を見せてくれているのですから。
[質問] 英国の学校教育制度(義務教育)も4つの地域で異なっていると思いますか。
予想
ア 4つの地域ごと異なっている
イ イングランドとウェールズは同じ
ウ 全部同じ
英国の義務教育は5歳から16歳までです。但し北アイルランドでは4歳からです。子どもはまず幼児学校に入り,7歳になると小学校に進学し,11歳で中等学校へと進みます。スコットランドでは中等学校へ進学するのは12歳からです。教育制度でもイングランドとウェールズは共通しているようです。
[質問] 英国の憲法はとても変わっています。その特徴を持つのは英国とイスラエルだけです。どんな特徴でしょうか。
予想
ア たった1条しかない
イ 主権は神にあると規定している
ウ 成文法ではない
エ 聖書の一部が憲法になっている
英国の憲法は成文法ではありません。憲法を構成するのは,一度も正確に定義されたことのない「コモンロー」と,制定法と慣例です。だから英国の憲法は「解釈」によって成立しているとも言えます。でもこの憲法の柔軟性により,EU加盟後の英国の憲法や法律は,EUの取り決めと近いものにすんなりと変わってきています。
[質問] 次の国または地域の市民で英国の国会議員選挙に選挙権があるのはどれどれでしょうか。
( )イングランド市民 ( )スコットランド市民 ( )ウェールズ市民 ( )北アイルランド市民
( )英連邦構成国の市民 ( )アイルランド共和国市民 ( )英王室保護国の市民
英国では選挙権が18歳以上の英国市民と英国在住の英連邦構成国の市民,そしてアイルランド共和国の市民に与えられています。また21歳以上の英国市民と英連邦市民,アイルランド共和国の市民には被選挙権が与えられています。国を越えて選挙が行われることには驚きます。
[質問] 連合王国国章(=王室紋章)には,「神と我が正義」(君主のモットー)「思い邪なる者に災いあれ」というふたつの銘が入っています。この銘はどんな言葉で書かれているでしょうか。
予想
ア 英語
イ ラテン語
ウ ゲール語
エ ウェールズ語
オ フランス語
銘はフランス語で入れられています。なぜフランス語なのでしょうか。それはおそらく英国王はかつて「フランス王も兼ねる」と主張していたことと関係するのかも知れません。そのころの連合国王旗にはフランスの国章も入っていました。「UK
NOW」では「この銘はフランスの王座を要求する君主の主張を批判する者に向けられたといってよいかもしれません。」と書かれています。
英国の国旗はイングランドとスコットランドとアイルランドという三つの国の国旗が合わさったものですが,中心となる国旗(国)はどれでしょうか。国旗を見れば分かりますが,それはイングランドの「聖ジョージの赤十字」です。ほかのふたつの十字架は,この赤十字によって遮られています。またこの本を読むまで気が付かなかったのですが,その赤十字には,白の縁取りがあります。
では残りの二つの国,スコットランド(斜白十字)とアイルランド(斜赤十字)は,どちらが主役なのでしょうか。この斜めの白十字と赤十字の関係は,国旗では白十字の上が赤十字だったり,下が赤十字だったりしています。この本によると,それが「相互に平等であって,上下の区別のないことを意味しているものである」とのことです。これにもびっくり。
さらに英国国王旗(Royal Standard)は,4つの小さな旗から構成されていますが,そのうちの二つは全く同じものです。つまり,この国王旗も国旗と同じように,同じものが二つあるのが,イングランド国王旗で,ひとつずつなのがスコットランドとアイルランドの徽章となっているのです。まさにここでも「イングランドは別格だけど,スコットランドとアイルランドは対等」というのが貫かれているのです。(2000.3.5)
『ユニオン・ジャック物語』には,さらに詳しいことが載っていました。
まず,「セント・ジョージ・クロスだけには白の縁取りがある」と思っていたのは間違いでした。アイルランドを表すセント・パトリック・クロスが細く見えるのは,これにも白の縁取りがしてあるからなのです。だからセント・アンドリュー・クロスとセント・パトリック・クロスは太さにおいても対等なのです。「アイルランドもスコットランドも不満はあるもの,イングランドが国力などあらゆる面で優れていることは認めざるを得なかったので,セント・ジョージ・クロスが一番上に置かれるのには妥協せざるを得なかった。だからどちらも自分の国が一番下になるのだけは我慢ができなかった」(208ぺ要旨)ということで,セント・パトリック・クロスとセント・アンドリュー・クロスを互い違いに配置したデザインの上にセント・ジョージ・クロスをのせたのが今の英国旗ということです。なお英国旗は国旗国歌法案が成立するまでの「日の丸」と同じく,法などで制定されたものではなく,もともと海軍旗だったものが「なんとなく」国旗として考えられるようになったものだそうです。
またセント・パトリック・クロスですが,たしかにパトリックはアイルランドの守護聖人なのですが,パトリックとセント・パトリック・クロスとは何の関係もないそうです。つまり現在の英国旗を作るためにアイルランドの旗も「赤十字がよい」ということで作られたのがセント・パトリック・クロスのようなのです。また英国の国王旗(Royal
Standard)に加えられているアイルランドの表すハープの起源についても,イングランドが勝手に決めたもののようです。ハープ以前は,「三つの王冠」をアイルランドを表す紋章として,これもイングランドが勝手に決めて使っていました。
このように今の英国旗や国王旗にはたしかにアイルランドを表すシンボルは含まれているのですが,それはイングランドが勝手に決めたものなのです。今も続くアイルランドでの抗争の理由も分かったような気がします。(2000.6.27)
以上の文章について池田毅司さんから反応をいただきました。
アイルランドの旗について『ユニオンジャック物語』を読まれたのですね。
ぼくも以前その本を読んでショックを受けました。そしてアイルランドの旗に関することについて,著者の森さんに出典をたずねたところ,何とぼくのもっている『世界旗章大図鑑(原題FLAGS)』だというのです。
『世界旗章大図鑑』を見ると,出典はわずか数行の部分でした。そのときわかったことは,あの本のアイルランドの旗に関する部分の記述はほとんど「森さんの大胆な推論」だということです。本を読むときはよほど気をつけないとだまされるんだなあと思いました。
よく読むと森さんは「...としか考えられない」「うまいことを考える人がいるもので,...」というような書き方をしています。断定的な書き方はしていません。
なお,そのことについては「アイルランドの旗の謎」というレポートを小出雅之さんが出していた『たの丼 10号』にのせてもらいました。お持ちでなかったら手許に残部がありますのでお送りします。
ここで池田さんの先行研究について紹介できることは,とてもうれしいことです。ぜひ,池田さんのレポートを読んでみたいと思っています。池田さんはかなり以前から社会の科学全般についての研究を進めていますので,これからもどんどん指摘してくださればうれしいです。
早速『世界旗章大図鑑』を見てみました。おそらく以下の部分だと思います。うーん,もっと調べてみたくなりました。とりあえずは池田さんのレポートをよみたーい。(2000.7.10)
『世界旗章大図鑑』より アイルランドにとって「聖パトリック十字」がどんな歴史的意義を持つのかは,全く謎に包まれていると考えてよい。しかし1800年にアイルランドをイングランド,スコットランド両王国と平等の地位に引き上げたとき,イングランドとスコットランドを表すふたつの十字の上にアイルランドの楯紋を重ねてユニオン・ジャックを修正するよりも,アイルランド十字を組み込む方が好都合とされた。(186ぺより)
◎池田毅司さんのレポート「アイルランドの旗のなぞ」
ikedaR.PDF 190KB 左のファイル名をクリックするとダウンロードします。
このファイルを見るには,Acrobat Reader4.0以上が必要です。
◎「セント・パトリック十字とアイルランド」
FOTWのサイトよりセント・パトリック十字に関するページを全訳。これで解明か。
Rstpatriccross.PDF 348KB 左のファイル名をクリックするとダウンロードします。
pdf形式のファイルで授業書のようにたのしむことができます。下記のファイル名をクリックするとダウンロードします。
RKOKKIWEB.PDF 163KB 〈世界の国旗ミニ問題集〉
このファイルを見るには,Acrobat Reader4.0以上が必要です
『ユニオン・ジャック物語』(147ぺ〜)には次のようにあります。
ヘンリー八世は1534年から40年にかけて「冠を付けたハープ」を刻んだグロード貨をアイルランドの通貨として初めて発行した。後に英国王の紋章に「アイルランド」を表す紋章として加えられるハープの前身であるが,ヘンリー八世がなぜハープをグロード貨に刻ませたかの由来については定説がない。
アイルランドは1272年にヘンリー二世が侵攻して以来,イングランドの圧制下にあり,国章らしきものもイングランドが勝手に決めた「三つの王冠」が使われ,ヘンリー七世時代のグロード貨にもそれが見られる。その「三つの王冠」の意匠を「ハープ」に変えたのがアイルランドの古くからの民族楽器で知られる「アイリッシュ・ハープ」にちなんでのことであるというのは,全く根拠のない説とされ,ローマ法王から贈られたハープに由来するという説が有力のようである。
ヘンリー八世は若いとき,マルティン・ルターのローマ教会批判に対して「七聖典擁護」と題するラテン語による反論を発表し,法皇レオ十世をいたく感激させた。そしてレオ十世は早速ヘンリー八世に「信仰の擁護者」の称号とハープを贈って称えたが,このローマ法皇から贈られたハープにちなんで,ヘンリー八世はアイルランド王の紋章をハープにしたというのである。これによると,ハープは「アイリッシュ・ハープ」が起源ではないと読みとれます。
◎ルネ・フレシェ著,山口俊章ほか訳 『アイルランド』 文庫クセジュ 白水社アイルランドの歴史を知りたくて,大きな書店でいろいろと探したのですが,驚いたことは,国旗や紋章に言及している本が一冊もなかったということです。この『アイルランド』が一番通史的だったので買ったのですが,フランス語の翻訳で翻訳者がアイルランドに詳しくないこともあって,訳がとてもまずくてとても読みにくいです。しかし著者は「アイルランドについての専門家」というので,これも驚きました。専門家でも国旗などにはまるで着目していないのですから。「国旗にこだわる」という考えは,全く一般的ではないようです。
ということでこの本には,国旗に関することやセント・パトリック十字のことは全くでてこないのですが,「ハープ」については二カ所でてきました。
王(ヘンリー八世)は,ガレッド・オグ(注:アイルランド国王代理)を二度にわたってロンドンに召還し,二度目の1534年に彼をロンドン塔に幽閉した。ガレットが処刑されたという虚偽の噂に興奮し,自身のアイルランド・ハープ奏者の音色に鼓舞された息子のシルクン・トーマス,すなわち「絹服のトーマス」は,ダブリンを急襲してみずから王の敵を名乗った。(51ぺ)
自分たちの運動に国民的色合いを与えることを欲したユナイテッド・アイリッシュメンの指導者は,ハープを紋章に選んだ。1792年7月には,ベルファストで,バスチーユ襲撃の三周年記念にあわせて,老齢のハープ奏者10名が参加する祝典が愛国者によって催された。(89ぺ)
イングランドが定めたハープの紋章をアイルランドでは古くからあったアイリッシュ・ハーブとの関連で受け入れたのでしょうか。(2000.7.25)◎アイリッシュ・ハーブの起源
FOTWのアイルランド共和国のページ(http://www.ace.unsw.edu.au/fotw/flags/ie.html#pres)には「大統領旗」が載っていて,以下のように書いています(その翻訳)。なおアイルランド共和国の大統領旗は,アイルランド共和国の「国章旗」でもあります。
ハープの紋章の進化はアイルランドの硬貨にそのもとをたどることができる。そのハープが最初に硬貨に現れたのは,ヘンリー八世の治世のときであった。ヘンリー八世からエリザベス一世の治世まで,ハープのデザインは簡単なものだった。ジェームズ一世とチャールズ一世のときの硬貨は表面が動物であった。裸体女性の彫像が初めて硬貨に使われたのはチャールズ二世のとき(おそらく間違いない)で,アイルランドの通貨が廃止された1822年まで変わらない特徴であった。アイルランド自由国(訳注:1922−37,アイルランド共和国の旧称)成立での国の紋章として採用されたハープは,ダブリン大学に保存されている,中世の楽器であるブライアン・ボルー( 訳注:941-1014,アイルランド王 (1002-14); クロンターフ (Clontarf) の戦いでデーン人を破ったが戦死; この戦いはアイルランド史上最も偉大な事件の一とされる)のハープである。この特定のハープのデザインは国家のみの使用で,国家以外がハープの紋章を使用するときは,他のデザインでの使用が義務づけられている。
Vincent Morley, 27 January 1997
これで「アイリッシュ・ハーブ」の起源は「ブライアン・ボルー・ハープ」だということがわかりました。イングランドがどのような意図でハープをアイルランドを表すものとして採用したとしても,アイルランドにとってハープは特別な意味を持つものだったのです。
『万有百科大事典 9歴史』(小学館)の「アイルランド問題」という項には,「ダブリンのオコンネル通りにある民族解放運動の英雄パーネルの像と記念碑」という写真が載っています。その写真には,記念碑に彫り込まれた金色のハープがしっかりと写っているのです。
しかしこういったハープの象徴は,北アイルランドでは,見ることができないようです。北アイルランドの旗をいくら探しても,そこにハープは出てこないのです。やはりアイルランドにとってハープは「アイルランドの独立」を象徴するものなのでしょう。
そこで気になるのが連合王国国王旗でのアイルランドを表すハープの扱いです。もう一度調べ直す必要がありそうです。(2000.7.26)
クリックしてお読みください。
◎「英国という王国の成立の歴史」
板倉聖宣 「英国という王国の成立の歴史」 『たのしい授業』No.136 (『たのしい授業プラン歴史』にも収録) 仮説社
英国は本当に不思議な国です。板倉聖宣先生のこの記事は,とてもよくまとめられていてノーミソを整理するのに最適です。しかしそこに書かれている内容にまだ納得できないところもあり,自分でも調べてみようと思っています。
英国の貨幣についての研究,英連邦についての研究は,【世界のおかね】でご覧ください。
「アイルランドと英国との歴史的関係年図」 erinUK.PDF 15KB
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英国王がアイルランドと関係を持ってから,英国との連合法施行までを年図にしました。まだ不十分ですが,連合までの背景がかなりすっきりしました。英国はアイルランドを利用していたのです。(2001.2.5)
◎英高等法院の判決が適用される範囲
殺人犯が刑務所を出所後「別人として生活」できることを認めた判決を英国高等法院が出しました。しかも報道機関には受刑者に関する報道を禁止する命令もでました。でもこの報道規制の適用される地域は,イングランドとウェールズだけです。これは,英国のことを勉強してきたひとになら簡単。だって,スコットランドは独自の法体系を持っているし,北アイルランドは「それどころではない」という感じですものね。(2001.2.3)